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新千葉新聞8月18日掲載

8月18日掲載

令和の花火約14,000発

2019-8-18-01

盛大に木更津港まつり、大勢の人々堪能  やっさいもっさい踊り 大賞はザ・ビースト

木更津港の先覚者の霊を慰め、ふるさと木更津の発展を期す、「第72回木更津港まつり」が14日と15日、盛大に開かれた。
今年で45回を数える『やっさいもっさい踊り大会』開催の14日は、暑さにも負けず、45,000人(前年47,000人)の大勢の人々が繰り出し、木更津の踊りを楽しんだ。
また翌15日の「花火大会」は、約255,000千人(内港周辺101,000人含む。前年253,000人、同内港周辺100,000人)の大勢の観客が訪れ豪華な花火(写真中央)を堪能した。
市民のスポンサーの心意気や共栄運輸㈱・共栄海運㈱の提供による豪快二尺玉(直径450メートル、最高点が675メートルとなり、東京スカイツリーを超える高さ)5連発や、関東一超々特大スターマインなど、前年に劣らぬ13,878発の花火が打ち上げられ、夜空と内湾港の海面を華やかに彩る花火を満喫した。
日本製鉄(にっぽんせいてつ)㈱君津製鉄所の花火ミュージックライブ尺玉連発水中花火付超特大超ウルトラファイヤーイリュージョンスターマイン等も大きな歓声をあびていた。
14日午前10時からは、鳥居崎講演の頌徳碑(しょうとくひ)前で修祓式(しゅばつしき)が挙行され、八剱八幡神社の八剱隆宮司により神事が執り行われ、野口義信港まつり実行委員長(一社・木更津市観光協会会長)や渡辺芳邦港まつり名誉会長(市長)、高橋浩、森岳両県議、石井宏子君津市長(代理・河野孝夫君津市経済部長)、高橋恭市富津市長、出口清袖ケ浦市長、近藤忍市議会議長、鈴木克己商工会議所会頭、小野山修平木更津港湾愛護協会長(日本製鉄㈱君津製鉄所長)、前田亮木更津港運協会長、柏木秀美木更津港長(木更津海上保安署長)などが玉串奉奠を行い、木更津港の開発に尽力した先覚者に慰霊の祈りを捧げた。
上空では自衛隊のヘリコプター2機が、慰霊の編隊飛行を行った。
「やっさいもっさい踊り大会」は、木更津駅西口(ロータリー)からエルシオン交差点手前までの富士見通り約700メートルを、82連、4,311人が、サンバ調の軽快なリズムに乗って、それぞれ凝った衣装で「おおそうだよ」の意味の「オサ、オサ、オッサ」の掛け声も威勢良く熱く踊りを繰り広げた。
昭和49年に、かずさ青年会議所によりこの踊りが誕生。
新日鐵が進出してきて木更津周辺の人口が飛躍的に増えた時代に、新旧住民が一緒になって触れ合える場所をつくろうとスタートした。
総合司会をしたのは同市桜井出身のシンガーソングライター、イシワタケイタさん(4年連続)と、かずさエフエム・パーソナリティの嘉屋﨑道子さん(5年連続)。
昨年の優勝旗と準優勝カップに返還後、野口実行委員長が、準備や警備など関係者の尽力・協力に感謝したうえで「みんなお隣どおし。心一つに踊り、盛り上げていきたい」と主催者挨拶。
また、渡辺名誉会長は「82連、4,311人の踊り手たち、日頃の練習成果を発揮し、最後まで思いを集中して木更津の楽しい夏、祭りを堪能してほしい。頑張って下さい」などと挨拶した。
江﨑勝博やっさいもっさい部長(かずさ青年会議所理事長)の合図でスタート。
今年は日産自動車㈱やハナダ電気技術工業(木更津市)による電源供給もあり照明や音響電源の一部を担った。
各連の整然とした踊りや全体の美しさを競う「第28回やっさいもっさい踊りコンテスト」では休憩を挟み約2時間、1、2回目は基本の踊り、3、4回目はフリースタイルで、3回目までを審査。
審査員は江﨑勝博、秀和延若、鶴岡英樹、北村和則、鹿嶋恵子、棒沢敦子、金見代雄、小泉裕之、森廣賢一の9氏。
木更津高校野球部OB会連(30人)では、浜田靖一衆議院議員が野球のユニホーム姿で連長として先頭で踊り、注目を浴びていた。
審査の結果、1位のやっさいもっさい大賞には、黒いTシャツと白いパンツ姿で元気に踊った「The Beast」(ザ・ビースト、連長・藤嶋さゆり、53人、写真上)が選ばれた。
連長の藤嶋さんは「感激です。日頃は桜井公民館でスポーツなどをやっている仲間ですが良く頑張ってくれました」と話し、みんなの笑顔がはじけた。
講評では江﨑審査委員長が「どの連も活気があふれ、大人も子供も感動した踊りだった。またクリーンタイムでは踊り手達がゴミや空き缶等を拾い街をきれいにしてくれた。来年も是非盛り上げてほしい」と締めくくった。
今回は踊りの終了後(午後8時10分)、表彰式の前にクリーンタイムを実施した。
入賞チームは次の通り。(敬称略)
▷1位(やっさいもっさい大賞)=「The Beast」(ザ・ビースト、連長・藤嶋さゆり、53人)優勝旗、優勝楯、賞状。
▷2位(やっさいもっさい賞)=「ふさのくに舞華恋」(連長・石毛喜美子、66人)準優勝カップ、準優勝楯、賞状。
▷3位(やっさいもっさい賞)=「呑舟会」(連長・市川正秀、42人)楯と賞状。
▷特別賞・チームワーク賞=高柳にいみどうじ連(連長・重城弘毅、61人)同。
▷特別賞・粋でいなせな賞=「ピンクシャツデー千葉」(連長・鈴木健司、113人)同。
▷特別賞・ファミリー賞=「請西あじさい子供会」(連長・藤本典之、32人)同。
▷特別賞・地域連賞=「貝渕連」(連長・小原洋平、68人)同。   (敬称略)
(写真下は社名変更の日本製鉄君津連の踊り、撮影は3枚共、岡本範正氏)

 

日章旗 米国から返還

2019-8-18-02

米兵士の娘と孫娘が来日、オボンに  木更津市役所で 吉田一郎さん遺族へ

太平洋戦争中に木更津から出征した吉田一郎さん所有の日章旗が、戦後74年の時を経て9日、遺族のもとに返還された。
この日章旗は、当時カナダ空軍に所属していた米兵士ウィリアム・ストロンボスさん(1993年9月死去、享年76)が入手し、その後、遺族が長年大切に保管してきたもので、2016年7月、娘のデイナ・バトラーさんが「OBON SOCIETY」(オボンソサエティ)の活動(米兵が持ち帰っている日章旗を日本の遺族に返す運動)を偶然テレビ放送で知り、この日章旗の返還をオボンに希望したことから実現した。
これを受けた同組織から日本遺族会を通して千葉県遺族会・木更津市遺族会に照会があり、滝口君江木更津市社会福祉協議会会長、地曵弘行木更津市遺族会会長、吉田家の菩提寺である木更津市中央の東岸寺(菱田隆定住職)、この日章旗に記名のあった渡邉良郎さん(96、基木更津市職員)などの尽力で、吉田さんの長女・高木宏子さん(75、神奈川県三浦市在住)と連絡を取ることが出来、この日の返還式となったもの。
吉田一郎さんは終戦直前に招集された茨城県の谷田部航空隊で従軍、終戦後は木更津市で酒屋『川要(かわよう)』を営み昭和55年に69歳で亡くなった。
木更津市役所駅前庁舎市長応接室で行われた「日章旗返還式」には、遺族の高木さん、次女の長谷川伊公子さん(72、神奈川県横須賀市)、木更津市からは渡辺芳邦市長、滝口社福協会長、宮野照久市福祉部長、地曵遺族会会長、平野郁夫・伊東紀一・中島和子遺族会副会長、渡邉良郎さんが出席。
オボンソサエティ担当者の工藤公督氏、米国ニューヨークから米兵の娘・デイナ・バトラーさんと孫娘のクリステン・バトラーさんが日章旗を持って来日した。
席上、滝口会長やデイナさん、工藤氏がそれぞれに、日章旗が吉田さん遺族のもとに帰ることが出来た経緯を説明し、高木さんは「多くの皆様のお力添えで父と再会できました。夢のようです。早速墓前に報告します」と深く感謝した。
デイナさんは「この旗が平和と喜びを日本にもたらすことが出来、私達も遺族も嬉しいです」などと挨拶した。
渡辺市長は、「鎮魂の月にこのような素晴らしい出来事に遭遇でき感無量です。これからも戦没者追悼式などを通して市民に平和の大切さ、英霊の想いを伝え、継承していきます」などと誓い、感謝した。
(写真上は日章旗と共に遺族や関係者ら、写真下は日章旗、「祝出征 吉田一郎君 祈武運長久 木更津市長 石川善之助」の文字も見える)

 


 

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